PB-100の宇宙の中の人
PBロッキーの日記

紀和鏡『あのこをさがす旅』の中間報告、2017年熊野大学の夏期セミナーにて

あれよあれよという間に、旅行の難しい時代に突入してしまいました。皆様は如何お過ごしでしょう?

随分昔の旅の話になってしまいますが、その時のメモをもとに思い出しつつ書いていきます。2015年の記事、『あのこをさがす旅』をめぐる旅の続きになります。

紀和鏡との邂逅

熊野大学の講堂 2017年8月5日撮影

紀和鏡に、執筆の舞台裏を聴きたい想いを募らせた私は、2017年に開催された熊野大学の夏期セミナーに参加しました。熊野大学は文学者の中上健次が中心となって設立した文化組織で、彼の死後も活動が続いています。この健次の配偶者が鏡になります。

講師として登壇する鏡の長女の中上紀氏に少しでもお話を聴けないか、と考えていたのでした。

しかして幸運なことに、その日のスケジュールを終えて講堂での食事会の最中に、鏡は現れました。

主催者には鏡を目当てにしていた事を伝えてあり、早速紹介してい頂けました。ついに『あのこをさがす旅』の著者に話を伺う事が叶いました。表舞台に出なくなって久しく、彼女の健康状態を気にしていましたが、お孫さんとの日々を楽しんでいると伺い安堵しました。

主人公、剛太のモデルについて

熊野大学で聴き込んで僕は初めて知ったのですが、鏡には2女の下にご長男が居たのでした。執筆当時、鏡は東京都府中市で3人の子と暮らしていました。この時末っ子の長男はちょうどファミコンに夢中の年頃です。

鏡は、長男の部屋から漏れてくるファミコンの音を聞いていた、と往時を語りました。

ファミコンからの流れで現在は、孫の遊んでいる最新ゲームのグラフィックに関心している、とも伺いました。鏡のテクノロジーへの好奇心が伺え、異界への入り口としてファミコンが選ばれたのも頷けました。

執筆当時、鏡と3人の子が暮らした東京都府中市について

執筆当時住んでいた東京都府中市について鏡は、遺跡だらけで、東京空襲の記憶も残っていた、と語りました。

長男とその姉の存在(実際は姉は2人だが)、そして所在も生死すら不明な主人公の失踪した父は、当時別居していた健次に重なります。作品は府中時代の紀和家のスナップショットのようです。

ノーライフキングとの関係

鏡はいとうせいこうとの親交が深いです。僕はベストセラーとなった『ノーライフキング』との関係を是非聞きたかったです。執筆当時、鏡はノーライフキングを意識していたのでしょうか?

しかしこれに触れると、いとうせいこうさんは凄い作家で、とはぐらかされてしまいました。

鏡は、社会科学誌『マージナル』の編集委員を務めたスマートなお姉さまです。インタビュワーの力量不足で、鏡から執筆の背景を引き出すことは叶いませんでした。また、作家に向ける問いとして不味かったかも、と思います。

鏡は間もなく、人を迎えに行く用事があるから、と自身で車を運転して会場を去り、インタビューの機会は終わったのでした。

たびを終えて

イベントは当然ながら中上健次ファンが多く、中には健次をテーマにしているという大学生さんも居りました。そんな彼女、彼らに紀和鏡の児童文学『あのこをさがす旅』を啓蒙できたのは収穫でした。


そうそう、僕が小学校の時に購入していた最初の書籍は、高校の時の友人のI氏に貸したままだったことが、その後判明したのでした。